現在51歳、出産当時は37歳、妊娠中の体調は何の問題もなく、体重管理もばっちりでした。出産予定日は12月26日でしたが、予定日を過ぎても生まれる気配がなく、入院したのは12月31日で、出産したのは1月2日でした。
看護師はいいが、受付や会計の担当者のレベルが低く、度々名前を間違われ、入院の際に必要な持ち物のことを聞くと、相手によって回答が違っていました。年末年始は銀行が閉まってしまうので、入院時に一時金を預けるようにと書いてありましたが、私は12月31日に入院しても一時金を預けるように言われませんでした。他にも持って行かないといけないものもあったのに、冊子には漏れがあったり、聞いても「いらない」と間違った答えをされた事もありました。仕方なく、夫に連絡して届けてもらいました。
12月31日に陣痛を感じて入院しました。しかし、陣痛は強くならず、子宮口も開きません。今まで順調だったのが嘘のようです。1月1日の夜の検診で「今日は生まれないから寝なさい」と言われました。しかし、痛みで眠ることができません。たまらなくなってナースコールを押しましたが、「寝なさい」の一点張りでした。明け方になってようやくうとうとしたと思ったら、「検診です」と起こされました。検診して「子宮口が開いてる!」と助産師さんが驚いていました。だから、痛いって言ったんですけど、ちゃんと診てくれていなかったようです。
分娩室に入ると破水しました。すると看護師さんは「にごっている!」と叫びました。これは羊水が濁っていることを言っているのだと思いました。羊水が濁っているということは赤ちゃんが苦しがっているということ。私はそれを聞いてパニックを起こしてしまい、話すことができませんでした。早く赤ちゃんを助けてあげて!と思いました。助産師も医師も羊水が濁っていたことに、なんの説明もなく、お産を進めようとします。「大丈夫だから、もう少し頑張りなさい」って言ってくれたら、冷静さを取り戻せたと思います。
破水した後、陣痛の波の山がわからなくなってしまい、いきむタイミングがわからなくなってしまいました。「骨盤に引っかかっているので、吸引します」「すこしお手伝いします」と言われて、吸引器が登場しひとりの助産師さんが私のお腹に全体重をかけて押しました。私がつぶれそうに感じるほどの力でした。この点も事前に説明して欲しかったです。
ようやく男の子が生まれました。心配でしたが、泣き声を上げています。私の胸のところに連れて来てもらいましたが、元気そうだったので、やっと安心しました。助産師さんが計測や沐浴してくださいましたが、おしっこを飛ばしていたようで、「この子は両方出したね」と言っているのが聞こえました。
会陰切開もしましたが、その前に裂けていました。パニックになった時に裂けてしまったのだと思います。会陰の縫合がとても痛くて出産より痛いくらいです。これ以降ドーナツ型のクッションがないと座れなくなってしまいました。病院の中はどこにでもクッションがありますが
そんなことになるとは思っていなかったので、家にはありません。その前に退院する時、車にも乗れないことになります。夫に連絡して、退院時に車に準備してもらいました。
私が住んでいたところは産婦人科が減ってしまって、検診と出産の両方見てくれる病院がありませんでした。やむを得ず、となりの市の病院へ通っていましたが、病院選びが失敗だったと言っていいでしょう。質問に対して、人によって回答が違うのは共通の認識を持っていない証拠です。担当が違うのであれば、「助産師に確認してください」と言えばいいからです。これも出来ないということは問題が起こりうることを想像していないからです。
あとで、担当の医師が医院長だったので自然分娩できたと言われました。他の医師なら帝王切開に切り替わっていたそうです。妊婦が不安になるような発言が筒抜けなのも問題です。もし、思わず声が出てしまったならば、フォローする言葉を言えばいいのです。それを放置したままというのは妊婦の立場に立っていない証拠です。病院を決める前に、いろいろ質問してみると良いでしょう。