不妊治療と人工授精をしてすぐ妊娠した二人目は双子ちゃんだった…経産婦という理由で自然分娩をした出産の体験談。

出産のトラブル、失敗した体験談

不妊治療と人工授精をしてすぐ妊娠した二人目は双子ちゃんだった…経産婦という理由で自然分娩をした出産の体験談。

現在43歳の主婦です。一回目の出産は29歳、二度目は33歳でした。元々ひどい生理不順だったので、もしかしてできにくいかも?と思い、結婚してすぐに不妊治療を始めました。5年間に及ぶ治療の結果、7回目の人工授精でやっと赤ちゃんを授かることができました。その第一子の出産は妊娠期間中もほぼ順調で、3600グラムもの大きな赤ちゃんでしたが、特に何事もなく自然分娩ですんなり産まれました。

それから三年後、育児も少し落ち着いてきて、やっぱりもう一人欲しいと思い再び以前通っていた不妊治療の病院へ。不妊の原因を調べる検査などは一通りやっていたので、今度はすぐに人工授精開始。二回目ですぐに妊娠できました。そしてなんと双子でした。本心では子供はたくさん欲しい!と思っていたのですが、自然にはなかなか妊娠しない事と、不妊治療にもたくさんお金がかかるので、二人目までだろうなぁ…とは半ば諦めていたので、双子と聞いて大喜びしました。しかし夫や私の母は、双子出産は単胎出産よりリスクを伴うものだから。と喜びよりも心配の方が先に立ち、あまり喜びませんでした。二人とも今はもうあの頃の感情は忘れたかのように猫かわいがりしていますが。

そして不妊治療の病院から希望の産婦人科への紹介状を書いてもらう事になりました。一人目の時は否応なく、不妊治療の末の妊娠だったので、高リスクの妊婦さんが県内中から集まる、紹介状がないと出産できない高度医療の県立病院での出産でした。県立のためか、看護師さん達もやたら厳しく(ベテランさんが多いからだと思いますが)、食事も栄養はあるのでしょうが、学校の給食のようなアルミ皿に乗ってくるような食事でした。

親戚や友達が出産したような、産後のお食事はフランス料理が出る!とか、入院中はマタニティヨガができる!とか、そんなおしゃれな今風の産婦人科で産みたかったと常々思っていたのですが、二度目の出産も同じ県立病院を薦められました。私はいつまでもフランス料理の夢は捨てきれずに居ましたが、夫や母の心配もあり、私の希望も虚しくアルミ皿の県立病院での出産が決まりました。しかし、やはり今時流行りの病院ではなく、周産期医療センターやこどもの高度医療センターも併設している病院だけあって、双子のママだけでなく、三つ子のママも数人病院でお友達になりました。

妊娠5ヶ月の時に、お腹の赤ちゃんが男女の双子だとわかり、いよいよ現実に今後の子育てのイメージが沸くようになってきました。双子は出産のリスクも大きいので、あまりお腹の中で予定日まで大きく育てず、未熟児ギリギリで早めに産むのが当たり前です。妊娠期間中、特にトラブルはなかったのですが、双子だという理由で妊娠6ヶ月の終わりごろから管理入院することになりました。出産まで3ヶ月ほどの長い期間、ベテランのおばちゃん看護師さん達に囲まれ、ビクビク過ごしました。忙しさからでしょうか…笑っておしゃべりできる日もあれば、理不尽に八つ当たりのように叱られる日もあり、ものすごく居心地が悪かったのですが、6人部屋の同室の妊婦さんは全員双子ちゃんのママだったので、話も合い今でも連絡を取り合うお友達もできました。

また、上の子が当時4歳でしたが、夫の仕事の都合もあり私の実母に預けていました。実家から病院は二駅ほどの距離だったので毎日娘を連れてお見舞いに来てくれるのですが、よほど寂しかったのか、毎日別れ際には大泣きし、遠ざかる娘を乗せたエレベーターから娘が泣き叫ぶ声が響き渡るくらいでした。毎日来てるのによくそんなに泣けるな…と思わない事もなかったですが、やはりママが恋しいお年頃だったのでしょう。私も泣かれる度に胸が痛くて辛かったです。

そしてそろそろ予定日の1ヵ月前という頃、私は経産婦だという事もあり、帝王切開ではなく自然分娩での出産に挑むことになりました。前述した理由で双子なので早めに出産するため、陣痛促進剤を使用しての出産が決まり、日取りも決まりました。夫は立会い出産する気満々で、早速休みを取りました。当日は朝早くから病室から分娩室に移動し、午前中のうちに陣痛促進剤の点滴が始まりました。しかし、なんとなく便秘の時のような鈍い腹痛はあるものの、一人目の出産の時に経験したようなハッキリ陣痛だとわかるような強い痛みは来ず。その日は時間切れで夕方の5時に再び病室に戻されました。

次の日も会社に無理を言い、夫は会社を休み立会いました。昨日と同じく、朝早くから分娩室へ移動、陣痛促進剤を入れ始めましたが、やはり陣痛はなかなか来ず…。夫と共に病院に来ていた実母と娘と3人で、まだ産まれる気配がないので、昼過ぎに病院から5分ほどのファミレスに行きました。夫と母と娘が出て行って30分ぐらい経ったとき、突然に腰にズン!と痛みが来ました。そこからは10分間隔などの、のんびりした陣痛の進み方ではなく、最初の痛みからもう1分置きぐらいの感覚で強い陣痛が来るようになったので、その一分の合間に夫の携帯に電話をかけ『産まれる~~~!早く戻ってきて~~!』と叫びました。電話の途中にも陣痛が来たので、本当に叫びました。

母と娘はお食事続行しましたが、夫は頼んだお料理に手をつけず、走って病院に戻ってきたようです。電話から5分かからず戻ってきましたが、残念ながら戻った時には既に一人生産まれていました。まぁ間に合わなくて無理もないような早さだったのですが、その6分後に産まれた二人目にはギリギリ間に合い喜んでいました。

陣痛で苦しむ時間が短かったためか、私は出産後でも割と元気だったのですが、出産後、少し裂けてしまった会陰部を縫う事になりました。最初の出産の時も縫いましたが、上の子は大きな赤ちゃんだったためか裂けた痛みと陣痛の痛みの方が辛く、縫う事には特に痛さを感じませんでしたので、縫うと言われても平然としていました。でも、一応麻酔の注射をするのですが、途中で麻酔が切れました。あまりの痛さに『先生!!!麻酔切れてます!!!』と叫ぶも、もうすぐ終わるなどと言われ、そのまま縫われました。戦争中の野戦病院はきっとあんな痛さだったのではないかと思います。

そんなこんなでバタバタとした出産になりましたが、今では二人とも小学校に仲良く通い、ママが恋しいと泣いていた上の子は中学生です。出産は命がけですし、痛いこともたくさんあるし、思いもよらないトラブルも付き物です。でも、どんなに大変な思いをしても、かわいい赤ちゃんが生まれてしまえば忘れてしまいます。

これから出産される方は、産後の母子同室や、無痛分娩、誘発分娩、帝王切開、自然分娩、水中分娩など、出産するママ本人の希望がハッキリあるなら、絶対事前に相談した方がいいと思います。後悔のない、生まれたお子さんが大きくなった時に笑って話して聞かせてあげられる出産を目指してがんばって下さいね。